教育天声人語
より多くの生徒のモチベーションのために

  本当は別の本を探しに入ったのだった。棚を眺めているときに偶然『紙つなげ! 彼らが本の紙
 を造っている』(佐々淳子著・早川書房)が目に入った。東日本大震災で被災した日本製紙・石巻
 工場の再生のノンフィクションである。
  実は私(安田)は、震災から5ヵ月後の夏、この工場の塀に沿って歩いたことがある。本には、
 震災を乗り越えて読者に紙をつないだ職人たちの苦難の闘いが描かれている。途中何度も目頭が
 熱くなった。と同時に印象に残ったことは、多くの従業員が「書籍の用紙に触れただけで、この
 工場の何号機で作られたものかわかる」と口にしたことだ。誰もがプロ意識、矜持を持って仕事
 に打ち込んでいる姿があった。
  その直後、三浦しをんの『ふむふむ−おしえて、お仕事!−』を読んだ。『舟を編む』でお分か
 りのように「仕事」は彼女の得意分野。『ふむふむ……』は16人の働く女性たちへのインタビュー集。
 靴職人、義太夫三味線弾き、漫画アシスタント、動物園飼育係……、いろいろな仕事の人が登場
 する。そのうちの一人のコーディネーターは、鎌倉女学院出身で三浦しをんと同い年。三浦しを
 んは横浜雙葉出身なので、共通の知人がいることを発見したりもする。
  私が印象に残ったのは建設会社の現場監督。これまで関わった仕事は、共同溝、地下鉄のトン
 ネル、浄水場。一般の人の目に触れないものばかりだ(浄水場も衛生面、テロ対策面で入れない)。
 文字通り縁の下の仕事に働きがいを持って挑んでいる女性だ。
  卒業生を呼ぶとなると、どうしても華やかに活躍している人に声をかけたくなる。が、トップ
 アスリートの「諦めなければ夢はかなう」という話よりも、普通の仕事に日々地道に取り組んでい
 る人たちの充実感を伝える方が、より多くの生徒を励ますことができるのではないだろうか。こ
 れらの本を読んでそんなことを思った。

「ビジョナリー」2015年10月号掲載     |もくじ前に戻る次に進む

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