教育天声人語
「コタツがない家」

 
  日本テレビで水曜日に放映されていた連続ドラマ「コタツがない家」が12 月20 日に
 終了した。キャスティングに、吉岡秀隆、小林薫、高橋惠子と好きな俳優が名を連ねてい
 たので観たかったのだが、不規則な生活をしているので連続ドラマを視聴するという習
 慣がない。録画機能も壊れているので録画もできない。結局一度も観ず、このドラマ自体
 の流れは何も知らないままで終わった。
  このタイトルを目にしたとき、地方はともかく都会で「コタツ」がある家などほとんど
 ないのではないか、若者は「コタツ」自体を知らないのではないか、と思った。次に思っ
 たのはこのタイトルは何を意味しているのだろう、ということだ。
  昔「コタツ」に入っていたころの日々を思い出す。
 ・一度入ると抜け出すことが億劫になり、ついダラダラと長時間を過ごしてしまう。
 ・「コタツ」に入っている同士、近い距離でムダ話をすることが結構あった。
 ・会話も、改まった話、公的な(?)話はまずしない。どうでもいいようなことをただだ
  らだらとだべっていた。
  そういうことを思い起こしてみると、「コタツがない家」は一人ひとりがバラバラで、
 “効率的に動いている”今どきの家庭を象徴しているのではとはたと気がついた(あくま
 で個人的な感想で、ドラマは全く違うのかもしれないが)。受験生がいる家庭などはまさ
 に「コタツがない家」状態だろう。
  学校は「コタツがある学校」にしていただきたい。先生や友だちと近い距離で顔を合わ
 せ、公的な表の顔ではない本当の自分を出せる、くだけていられる時間がある、そんな環
 境だったら、“孤立”“いじめ”“不登校”も減ると思うのだ。

「ビジョナリー」2024年1月号掲載     |もくじ前に戻る

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